がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

2008-01-01から1年間の記事一覧

とちぎご当地方言かるた

年末年始はカルタでしょう。群馬には県民なら誰もが知っている「上毛かるた」というのがある。栃木にも郷土かるたはいくつかあるが、ウチの子供たちの郷土愛育成のためにまいぷれ那須の「とちぎ ご当地 方言かるた」を入手した。 まいぷれの「ごじゃっぺこく…

サトウ精肉店のピリカラホルモン

部位としてはテッポウ?コチュジャン・豆板醤・韓国唐辛子で味付けしたオトナの味だ!ビールに最高。かなり手ごわいので調理用ハサミでジョキジョキにしていただく。一袋500円。

藤豆の鞘

車庫の方でパチンパチンと音がして、何かと思ったら隣の家の藤棚の鞘が盛んに弾ける音だった。 この日は天気も良く空気も乾いて、乾燥注意報が出ているので火事に気をつけるよう広報車が走り回るような日だった。湿度の低下で極限の乾燥状態に達した藤豆の鞘…

餅つき

年末28日はお餅つき。 このへんでは餅つきは「九(苦)餅はつくな」といわれ、29日は避けて12月28日か30日につくのが習慣になっている。ちなみにお供え餅や注連飾りなどのお飾りは、一日飾りとして忌まれるので大晦日からではダメで、29日も前述の理由でダメ…

PC自粛中

那須野ヶ原の道標の分布

Googleマイマップで作っている那須野ヶ原の道標の分布 を久々に更新してみたのだが。大きな地図で見るHPがりつう内の「那須野の道標」に載っている道標をほぼマークできた。重すぎて使いモノにならない(ウチの環境のせい?)のと、しばらくすれば使い勝手も…

天狗党の碑@簗場

黒川沿いの中の川集落の川下、菖蒲沢と黒川集落の間の東岸に簗場と呼ぶ平地がある。その山岸に天狗党浮浪徒十四人の墓が南西を向いて立っている。現在は田圃となっているが、元治の頃は萱や葦の生える秣場だった。 元治元年甲子年十月十九日浮浪徒十四人墓明…

大清水@萱根

久々の快晴の休日。白河方面にぷらぷらすることにする。以前見つけた物件と「西郷村史」の記載を中心に道標巡り。浮浪徒十四人の墓@簗場の平地金売定治の墓入口道標@皮籠宗祗返しの碑前の道標@白河旭町萱根大清水の道標米の四辻の道標的石の白湯山碑上新…

金燈籠@大田原上町

お茶碗が割れた。しばらく在りもので済ましてきたが、やはりマイ茶碗がほしい。そんなわけで、大田原金燈籠交差点にある「米喜」にやってきた。米喜は300年前からあるセトモノ・漆器類を扱う贈答品のお店。米喜といえば金燈籠。文政2年(1819)10月、町内安…

でかっ!!

須賀川名物、大どらやき!・・ではなく、庭のホダ木に出現した巨大シイタケ。2日続いた雨でググッと大きくなった。バター焼きで。

会津西街道 高原越えの探索2

会津西街道高原越えの後編。高原新田から藤原宿方面へ下るの巻。 旧宿場跡の元屋敷から宿西端の墓地跡を過ぎ、開拓地の端の柵から外に出る。柵沿いに数10m行くと「磁石石」がある。 高原新田住民が200年にわたり住み慣れたこの地を離れねばならない悔しさを…

登町の高湯山道標

白河市の歴史民俗資料館に用事があって行ったのだが、駐車場に車を止めふと目の前の塔碑をみてギョッとした。登町(二番町)丁字路(ルミエールがある場所)にあったという高湯山道標が民俗資料館の建物前に移設されていたのだ。この道標は道路拡張等の理由…

寺子黒川の道標

前から気になっていた奥州道中沿いの黒川集落にやってきた。奥州道中を寺子宿を過ぎて余笹川を渡り、石田坂、へび沢を通り黒川へ向かう。今の道路は左にカーブしながら黒川の橋に向かうが、当時は真っ直ぐ集落に降りていくルートだった。黒川の簗場の平地と…

レインボーアイス!

羽黒山梵天で娘らが食べてたレインボーアイス。ちょっと食べさせてもらったら脂肪分が超少なくてヘルシーだった。なんだか覚えのある味だと思ったら、美原の交通公園に売りに来ていた怪しいアイス屋の味!だった。

梅ヶ久保不動尊@針生

仕事の帰り、梅ヶ久保不動尊のイチョウの黄色が鮮やかでハッとさせられた。後日製材所に車を止めて、不動尊とイチョウを撮影に訪れた。場所は旧日光北街道沿い、矢板宿から長峰公園の丘陵を越え、製材所裏から出てきたところ、R4土屋バイパス(そう、今では…

湖畔亭ほそい@五十里堀割

鬼怒川・川治附近。紅葉はまだまだ見ごろ。道脇にちょっとだけ雪が残っている。 五十里ダムを過ぎトンネルを抜けると、山肌が白くなってきた。海尻橋を渡り東岸の旧R121へ入る。六左の墓を見てから雪が残る高原越えの取り付きを上がり、庚申塔の前でしばし感…

五十里海跡

五十里湖に来た。最初は塩原側から向かおうと思ったのだが、タイヤもノーマルだし、尾頭トンネルの三依側の日陰がどんな状態か不安だったので今市側から向かった(塩原も降雪があったそうだ)。放射冷却で夜半から朝方に掛けて雪が降ったようで、山肌や路面に…

幸華のモツ炒め

晩御飯に幸華へやってきた。日曜日の6時台、お客のほとんどが家族連れだ。特に食べたいものもなく、いつも通りレバニラと云い掛けたが、今日ははじめてのメニューに挑んでみた。 モツ炒め定食 1,100円レバニラとモツ煮は食べたことがあったが、幸華のモツ炒…

ダンニャワード@大田原本町

休み。図書館で調べ物をしているうちに昼飯時に。久々にインド料理店ダンニャワードでランチ。老舗カレー店「ン NG」の向かいっていう立地がいい。店頭の椅子は、あくまで店員が客待ちでぷらぷらするためのもの。 ダンニャワードてのはヒンディ語?でありが…

会津中街道 板室から木綿畑を歩く1

定例の会津中街道歩き、今回は板室乙女の滝ドライブイン駐車場からスタート。トイレ裏の道跡を林の中に入っていくと、すぐに道の両脇に塚が現れる。板室(井戸沢)の一里塚だ。 東の塚は炭焼き窯に使ってしまったそうで、大きくえぐられている。窯の名残の石…

消えた接骨木谷中官有地

以前「消えた藤荷田村」というタイトルで、那須野ヶ原公園の南口近くの分譲地の石仏群を紹介したことがある。この記事の中で、俺は特に調べもせずこの石仏群を、現在競馬教養センターがある場所に存在した藤荷田村の住人が建立したものだと結論付けていた。…

お休処 やすらぎ@上三依

お昼は上三依の「やすらぎ」へ。せっかく来たので俺は会津西街道尾頭通りの入り口を熊野堂まで歩いて腹ごなし。ツマは産直土産屋を物色。 植物園の橋あたりまで来たところでツマからTEL。飽きた、寒いって。メシにしよう。 やすらぎは独鈷沢方面と尾頭峠…

野立岩と天狗岩@下塩原

家にある大正~昭和初期の絵葉書。塩原の天狗岩だ。 ヴァレーラインを通る時岩壁を見上げることはあったが、あの岩場の上に上れるとは!しかも体育座りでたそがれられるとは!そんなわけで塩原にやってきた。福渡と塩釜の間、箒川沿いの県営駐車場に車を止め…

室井家の四脚門@無栗屋百目木

波立の薬王寺脇を通りながら、塩野崎の戦いに思いを馳せていると、以前からどこにあるのか知りたかった「室井家の四脚門」を偶然見つけた。場所は建設中の黒磯インターチェンジのすぐ裏。 天文14年(1545)大田原氏が町島の水口居館から移って大田原竜体城を…

紅葉ウォーク 尾頭峠の3

塩原温泉ビジターセンター主催の「紅葉ウォーク1 尾頭峠」つづき。コースは、尾頭トンネル上三依側入口~東京電力鉄塔22号~尾頭峠の分岐~高原道~大塩沢峠~大塩沢林道(元湯林道)~元湯近くの林道分岐、というもの。先ほどの分岐の左側のほうは三依山に…

紅葉ウォーク 尾頭峠の2

塩原温泉ビジターセンター主催の「紅葉ウォーク1 尾頭峠」つづき。コースは、尾頭トンネル上三依側入口~東京電力鉄塔22号~尾頭峠の分岐~高原道~大塩沢峠~大塩沢林道(元湯林道)~元湯近くの林道分岐、というもの。 ケムリタケ(タヌキノチャブクロ)2…

紅葉ウォーク 尾頭峠の1

塩原温泉ビジターセンター主催の「紅葉ウォーク1 尾頭峠」に参加してきた。尾頭トンネル上三依側入口~東京電力鉄塔22号~尾頭峠の分岐~高原道~大塩沢峠~大塩沢林道(元湯林道)~元湯近くの林道分岐、というもの。行程9.6kmのコースだ。 ビジターセン…

加登屋本館@板室温泉

板室温泉の加登屋本館。大正9年創業、昔からの湯治場の風情が残る木造三階建ての建物がシブイ。板室温泉は集落名を「塩澤」といい、塩澤の湯とも呼ばれていた。康平2年那須三郎宗重が狩りの途中にこの温泉を発見した、という言い伝えがあるが、寛政年間頃よ…

小笠原畑@板室阿久戸

プチぎっくりをやってしまった。なんとかやり過ごして数日が経ったが、今週末のハイクで周りに迷惑かけずにちゃんと歩けるか試す意味も兼ねて那須に向かった。最初は紅葉の姥が平へ・・と思ったが、那須温泉神社に辿り着く前から渋滞が始まってしまった。我…

転向者の記

先日部屋を掃除していたらこんなものが。 印刷業界の見本市で貰ったもの?サンバイザーとかも貰った覚えが。いまは漢字Talkいくつなの?とボケてみる。ちなみにうちに在るMacはというと Macintosh LC MacintoshQuadra840AV >Power Macintosh8100AV今も…