がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

「奥州記行」で辿る日光北街道

「奥州記行」という紀行文がある。

江戸の住人、富田伊之(これゆき)が安永6年(1769)、みちのくの歌枕の名蹟を訪ねた旅の記録である。富田伊之の詳細は不明だが、おそらくは裕福な町人の隠居であろうか、風雅を好む知識人であろう。当時、俳句、川柳、狂歌などを作ることは、どんな身分の者でも行う「言葉遊び」であり、松島・平泉・象潟などは句をたしなむ者にとって憬れの地。

江戸から日光道中で宇都宮まで北上し、大谷観音を詣で、徳次郎、日光中禅寺を経由し、鉢石宿から日光北街道に入る。室町後期の連歌師宗祇、元禄2年の芭蕉と楚良も日光北街道を通っている。

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大谷川渡河点 大谷向

 十六日大渡り二り、ふにう壹り、玉にう二り八丁ぬけ、たかうち二り、やいた十八丁、澤村一り、大田原間三里余、なすのゝ原也。此所を行時に、原中薄生茂り、雨あがりにて、道中に沼と思しき所有。此沼を渡らずに外へ道をよけゝれば、ゑもしれぬたばこ畑の中え出たり。漸く人を見付て尋ぬれば、むかふの森とおしへける。森の中に入て百姓家二三軒、何と申所也と又とふ。ここは鉄砲町といふ所也、いで道をおしへんと、草中五六丁此男送り出しくれたり。此礼に明佛持合の薬をかの男にとらせける。十六日の夜は白雨にて大渡泊り。昼八つ半此より、とゝろき村と大渡りの間也。

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芹沼


芹沼というくらいだから、湿地帯の多い地域なのか。薄(ススキ)が生い茂り見通しがきかず、伊之は、ぬかるんだ場所を迂回していたら道に迷ってしまった。文章中の「鉄砲町」とはどこなのか。その夜大渡宿に宿泊しているのでそれより手前のはず。「今市ヨリ大田原通会津道見取絵図」を確認したが、鉄砲町の記述はなかった。大田原藩鉄砲町(現在の美原)のように、藩兵の訓練場があった場所か。

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大渡 鬼怒川渡河点

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針生 鼻欠け地蔵

空かき曇り、我に風吹出て、ひぢかさ雨とかふり来ッて、いとあわたゞしきけしき、とみにはしちがふ見やれば、往違人はげに蓑笠さへ取あへず濡にぬれて迷ひありくさま、いはん方なくいぶせし。神鳴ひらめきて空は墨を摺たるやふに光みち、雨の脚の当る所はぬけぬべくばらつきつ。こはいかにぞや、世もはや尽ぬやといみじうおそれわなゝきて、うちかづきてふしまろびぬ。いよゝ轟てかたはらの草の戸に落かゝりつるひゞき、何にかはまぎれん。みなあるかぎりあといひてたへ入し気色也。既に其夜も四ツ半此、やふゝ風なほり、雨のあしも静(し)めれば、我独り念じてやゝおどろかし、未だ夢の心ちさまにて、汗もしとゞになりて、われかのけしき也。時によめる
 旅はうきものに有けり独り寝はうらむる鶏の声をこそまて

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沢から薄葉 箒川渡河点

続くシーンは風雨のなか、肘笠で雨をさえぎり先を急ぐ伊之一行。行き交う人も蓑笠さえ用意する間もなくずぶ濡れで、どうすることもできず憂鬱な様子。雷まで鳴って、こんなはずじゃなかった、風流を楽しむはずが、なんともつらい旅路。このシーンはどの辺りだったかというと、伊之が仙台に逗留した際に、この時のことを思い返している箇所があった。

又惣介のはなしに、日光と大田原の間に澤村といふ所にて、雨にふられける時よめる。
 こゝは何澤村雨のふるとても日光山のなどかてらまし
読人しらず
と詠ければ、たちまち空晴渡りけると。

薄葉ヶ原から箒川の付近であろうか。実際はそんな余裕なかったくせに。後になればいい想い出。
つづき。

やゝありてあたりを見れば、みなゝ現(うつ)し心に成りはんべりしぞかし。空さりげなく星の光も見へ渡り、風も冷に、流石今ぞあきのいりたちけんやふに、身にしみてものあはれなり。まひてその夜は連も我も、紙の坊主合羽てふものを着て、転寝(まろび)のひぢ枕、是彼レつどひて、あらましをあくる日くり言にし侍りき。
 十七日大田原泊。是より仙台海道也。

雨風止み、いつしか空には星が。秋口の風が冷たく身にしみてしみじみとした。本来なら「名はかさね」の句はこのへんかなぁ、今日のお宿の名物料理は?などとお気楽な旅のはずがねぇ。その夜は疲れ果て坊主合羽のまま身支度もせずにうたた寝。

紀行文に大田原宿の様子が描かれているものがあればおもしろいな、といろいろ見てみるが、なかなか出会えないでいる。「奥州記行」では、次の宿泊地、白河宿の様子については細かく書いているのだが、例の野郎茶屋とか。結局風雅を追い求めず、宿の料理献立とか風俗見聞の書留めに終始した内容になっているのがほほえましい。

 

 

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