那須与一
北温泉のある余笹川の渓谷に降りてゆく手前の駐車場の奥、平成の森遊歩道として整備されたこの道は、かつての白河道だ。白河から三斗小屋宿を襲撃に向かう北回りグループの館林藩の本営隊、一番隊、黒羽藩の三番隊が通ったルートか。 登山道以東の温泉道の左…
那須与一は三国一よ、男美男で旗頭~。 那須の八幡崎、八幡平は、そんな与一が少年期に弓の腕を磨いたという言い伝えのある場所。那須岳から南東方向に延びる尾根の末端に広がる標高1040mの高原だ。那須連峰を背景に、広く那須野が原から白河方面まで一望す…
那須街道の右手の岡室集落に、壇上から4尺程のところで大きく曲がり、腰をかけるのに丁度いい松があったという。 那須与一が屋島の戦いで扇の的の武名をあげ、御加護御礼のための那須温泉神社へ参詣の帰り、この松に腰掛けて休んだという史跡だ。 東西7.2m …
那須与一宗隆の愛馬「鵜黒の駒」が、黒羽の大輪駒込沢で誕生したという話は「那須記」に掲載されている伝説であるが、与一の没後、鵜黒の駒は野生の馬として那須山麓の原野に逃げ棲み、那須の半俵で余生を過ごしついに死に絶えたという言い伝えがある。鵜黒…
鴻巣馬頭観音堂は、那須与一の愛馬「鵜黒の駒」の霊を弔うために建立されたという伝承があり、霊験あらたかな馬頭観音として有名だった。 明治31年奉納の門柱。かつてはこの門前に堀があり橋が架かっていたらしい。本堂右奥には釣鐘堂、左手にはお札絵馬売場…
黒羽運動公園近くにある駒込の池。那須与一の名馬として名高い「鵜黒(うぐろ)の駒」が生まれた池として知られる場所だ。 黒羽の北中川にある「牛居渕」に、鵜の群れが住み、その中に「鵜の王」と呼ばれる大きな鵜がいた。近くの長谷田村には野馬がおり、そ…
garitune.hatenablog.jp 積雪のため那須明神の奥の院(高湯山)登拝を断念した野田泉光院。 湯本から黒羽城下方面に向かう。那珂川を渡渉、黒磯本郷町の茶屋に宿泊し翌朝出発する。 黒磯本郷町の白湯山供養塔 右 奥州海道 左 表口三斗小屋道黒磯本郷町から市…