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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

前略、東山道の上より

ふらふら ことば・方言 民俗・行事・風習

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湯津上の親戚の田植えを手伝いに来た。このお宅、R294が通っている那珂川段丘上にあるのだが、家の目の前がまさに東山道(あずまのやまのみち)が通っていたと思われる場所。いや言い切ってしまうと語弊があるか。


より大きな地図で 那須野ヶ原の街道と一里塚 を表示

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午前中はR294下の段丘面の田んぼの田植え。うちらは合流が遅かったが、早朝5時開始だったそうだ。

湯津上の苗取り唄

むこう山で わらび折るは
人の嫁か 娘か
嫁ならば送り申ぞ
娘ならば もらいましょう

かみがたは いつも五月
かみから 菖蒲が流れる
打つ波に 花が咲いて
返す波に 実がなる

かみがたへ のぼる道に
椿植えて 育てた
雨ふらば 雨やどりに
照らば 涼みどころに

かみがたの いちのみやげ
なになにもろたか あててみな
はまゆみに てまりに羽子板おふくの面
金箔のついたる張り子のおちんころ

十七が沢に降りて
金のこびしゃくで水を汲む
水くめば たもとが濡れるよ
たすきかけなよ十七

現在はハウスで育苗箱に並べて苗を育てるが、かつては苗代に種籾を撒き、田植えができる大きさまで苗を育てた。苗取り唄は苗代の苗を抜いて数十本で束ねる作業をする際に唄った歌だそうだ。下ネタもご愛嬌。

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かつての田植えは地域での共同作業で結と呼ばれる組織で互いに協力し合い作業を行った。

湯津上の田植え歌

しろは良いしろ 大阪の城は
四方 白壁 八棟づくり

富士の白雪 朝日で溶ける
溶けて流れて三島へそそぐ

那須の与一は三国一の
おとこ美男で旗頭

押せよ押せ押せ下関までも
押せば港が近くなる

出羽の羽黒山の大釣鐘は
ついてならせば千里もひびく

いざり勝五郎車にのせて
引けよ初花箱根の山へ

奥の金山七まき八まき
まいた余りでトンビタコあげた

五月野に咲くあざみの花は
色は良いけれど寄ればさす

ひぐれ小松原しょなしょな行けば
松の露やら涙やら

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さすがに今は唄いながら作業はしてないけど。

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