がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

那須街道赤松林

道路の雪が消えるのを待って、那須町高久甲に行ってきた。高久本郷付近の未確認の道標を見に来たのだが、情報不足で見つけることができなかった。

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ついでに、新高久の那須街道沿いの赤松林に残る那須道(湯道・湯本道)を見に行った。

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那須街道の両側に広がる赤松林は元御料地で、現在は国有林として林野庁が管理している。かつての那須道の2キロ程が「森林浴1万歩の森」というウォーキングコースとして整備されている。

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晩翠橋上より かつての原街道那珂川渡渉点。

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段丘の急坂を上がると高久橋本町、原街道と那須街道の十字路に出てくる。この交差点に現在は高福寺山門に移動された寛延3年の馬頭尊の道標があった。

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高久本郷の馬頭観音2
[正面]
                         木幡
                        菖蒲沢
                         丸山
                         岡室
  寛延三年庚午天    右白川道   高久
  南無大悲馬頭観世音菩薩       筒地
  十二月 吉日           念仏講中
                左湯本道  

[左]
 導師高福寺 祐詮
  二師鐺掛 中嵩常右衛門

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現在の橋のたもとの芦乃屋菓子店横から、初代晩翠橋当時の渡り口に降りることが出来る。明治17年9月陸羽国道が開通し、初代晩翠橋も10月に開通した。明治19年12月の黒磯駅の営業開始で、浴客の来訪が盛んになってくる。現在の那須街道の基は、黒磯-那須温泉間の新道開削が行われ明治23年に開通したものだ。

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それ以前の旧道が今回の那須道というわけだ。那須分岐点の交差点角にある店舗の裏手から道跡が残っている。

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といっても完全に遊歩道として整備され、別段面白みはないのだが。ただ今日は辺り一面の雪景色に赤松林のコントラストが美しく飽きない。

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遊歩道の途中に明治期の道標が建っている。これは平成17年に復元されたもの。年代からみて、那須街道沿いに建てられたものが、拡幅工事などで邪魔になり、林の中に投げ置かれたものか。

新高久赤松林の道標
[正面]
那須温泉江 三里廿七丁
[右]
黒磯江 十八丁
[左]
明治三十年五月 那須温泉
           箭内源太郎
[裏]
東京市深川區東森下町
       藤木常七建之

旧道はさらに北に進み、筒地で現在の街道に合流する。