がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

狢(むじな)の湯@塩原新湯

年末、久々の休み、親父と塩原の公共浴場に。

塩原新湯、むじなの湯。二十代の頃は、朝から鶏頂山でスキー、昼前に上がってむじなの湯、午後は呑みという定番コースがあったっけ。来湯はかなり久々。

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上藤屋と亀屋の間の急な階段を下っていくと左手に大師堂があり、見下ろすと湯屋の屋根が見える。先日の雪が残って氷となり、階段はとても危険な状態。親父だけでなく俺も手摺りに掴まって下りた。

ちなみにこの階段降り口の道向かいに「寺の湯」「中の湯」という別の共同湯がある。

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君島先生の解説による案内板が付けられていた。

解説文によると、塩原新湯の開湯は康和2年(1100)頃とのこと。別名を「金泉(きんせん)の湯」というらしい。「元湯千軒」の旧塩原元湯が天和3年(1683)日光大地震で壊滅してから新湯に移り住んだので、もっと後になってから開かれたのかと思っていた。また案内板には安永2年(1855)に今市地方に農業指導に来ていた二宮金次郎がむじなの湯(金泉湯)に湯治に来た、とある。

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かつては中の湯が男女交換で別湯、寺の湯、むじなの湯は混浴だったが、来てみるとむじなが男女別湯になっていた。

日帰り湯ブーム(2000年頃?)の頃、地元出版社が日帰り湯紹介本を出した際、こういった従来の共同湯も掲載したため、客層が拡がる反面、マナーの悪い客も増えてしまった。料金箱にお金入れない人、風呂でお酒呑んじゃう人等。某バイク雑誌の野湯特集で荒れてしまった高雄温泉とか懐かしいですな。そういった書籍をテキストに俺自身もいろんな温泉に行ったクチなので、感謝こそすれ批判はできないのだが。このブログ自体似たような存在だし。

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前置きが長くなった。午前中いうこともあって、他の入湯者はいなかった。お風呂の中も失礼させて貰って数枚。

かつての浴槽を二分割して敷居を設けただけのようだ。塩原温泉唯一の硫黄泉。鼻腔をくすぐる独特の臭いだけでも体に効きそう。因みに親父も俺も腰痛持ち。湯温は44~5度といったところか。温度と泉質が相まってピリピリとヒフを刺す。湯船の奥の床が岩盤むき出しになっていて、そこからふつふつと温泉が湧いているのだ。記憶では湯船に浸かると壁面の岩盤が見えて岩風呂みたいだったような気がするのだが。

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5分ほど浸かると熱さに耐えられなくて湯船の外に出た。4、5回ほど出たり入ったりしてむじなの湯を満喫。湯屋を出るまで他の入湯客が来なくて、完全貸切りタイム終了。
さすがにあの凍った階段を足腰も心臓も悪い親父を上がらせるのはまずいと思い、営林署事務所跡に降りて貰った。

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