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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

石田屋@氏家 のたいやきを食す

呑んだり喰ったり(喰) 集落と街並

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さむくなってくると温かい甘いものが食べたくなる。氏家に来たらやはり石田屋のたいやき。10月から4月までの限定で販売してる。この店構えを観てくれ同志よ。

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石田屋は明治初期から菓子店を営む老舗。石田屋のたいやきは氏家の冬の風物詩である。たいやきもその頃から販売されていたというが何が特別なのか。

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石田屋のなにがすばらしいって、さあさ早く中に入ってご主人の仕事ぶりをみよ。

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現在のご主人は三代目。八十代とはおもえぬかくしゃくとした働きぶり。この使い込んだたい焼き製造器を見てくれ。

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なんと炭火でたいやきを焼いているお店なのだ。たいやきを作る鋳物がバウルーみたいな一度に2匹しか作れないもの。たいやきが作られ始めた当初はこれがスタンダードだったらしく、現在のいくつも型のついている大きなプレートは昭和に入ってから、ガスになって火力が強くまんべんなくまわる装置が作られるようになってからのものとのこと。

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レジ周りの調度品も使い込まれた味のあるものだ。おばちゃんも元気そうでなにより。

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このミニサイズ、宇都宮の相馬屋さんと同じ大きさ!相馬屋は大判のいくつも作れるプレートだと思うけど、かつてのたいやきの大きさがこれなんだな。表面カリっと中はふわっふわ。あんこはこしとつぶを合わせてる感じ。最近のスーパーのフードコートで売ってるような「養殖モノ」とは違うワイルドな天然モノのたいやき。やっぱり買ってすぐほふほふしながら食べるのがいちばんうまい。店舗の隣が公園になってて駐車場になってるのでそこに停めて買いに行ける。食べ終わったら裏手の光明寺のでっかい不動明王を観に行こう。


そうそう、この下の地図の県道181号を挟んだ建物の並びを見てくれ。間口が狭く奥行のある住居。これも奥州道中氏家宿、街道沿いの名残なんだな。

石田屋
さくら市氏家2677-1
9:30-18:00

博多ラーメン おっちゃん@黒磯新町

呑んだり喰ったり(喰)

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いつものごとくツマと腹減ったなあ、夜ラーしたいなあ、と話していて午前0時の今開いているお店はないものかとググっていた時のことだ。ふとネット上の記事に「おっちゃん」の名前を見つけたのは。「おっちゃん」は20数年ぐらい前に俺がよく行っていたラーメン屋。黒磯の住宅街の中にぽつんとあって、最初はなかなかたどり着けなかった。現在 黒磯市内は、鳥野目街道、板室街道、埼玉街道を貫くようにバイパスが出来、アクセスが良くなったが、地元民でない俺にとっては住宅密集地に埋もれた銘店といった感じだった。店に近づくとぷうんと本格とんこつ店独特のくさいにおいが漂っていた。

かつて、栃木県北には本格的なとんこつラーメンの店がなかった。ラーショは昔からあったけどそれはおいといて。その後、これは!と思えるお店が2つ出来た。西那須野の「福麺」と黒磯の「おっちゃん」だ。いつしかこれらの店舗はなくなってしまい、県北で本格的なとんこつを食べるのには「哲麺」の登場を待たねばならなかった。

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黒磯新町の「おっちゃん」が復活しとった!閉店から8年、亡くなったオヤジさんの意志を継ぎ息子さんが今年の5月に営業を再開、前に数台駐車出来るようなお家に建て替えたそうだ。

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博多とんこつラーメン 650円

ひさびさの一杯を・・。いや正直当時の味は覚えてないけど。

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・・うまかった。またひとつ夜ラースポットの選択肢がふえたのはうれしい。お酒も呑めます。

博多ラーメンおっちゃん
栃木県那須塩原市新町115-74
営業時間: 夜のみ営業
火~土 18:00~2:00
日 17:00~0:00 

田島静川の白湯山湯殿山飯豊山碑

白湯山・高湯山信仰

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会津田島の野仏」収録の田島静川の白湯山碑を観に行った。今回はじめて田島図書館に伺った。なんてモダンな建物!役場と保健センターと図書館が入ってるようだ。「田島組栗生沢村西軍敗残兵始末」をコピったついでに旧田島町静川地区の場所を聞く。静川地区といっても広いだろうから住宅地図で辺りをつけようと思ったら、なんと今回の塔碑の施工主とまったく同じ名前の当主のお宅があるじゃないか。この付近に間違いない。

静川地区。集落に向かう桧沢川に掛かる全長20mの高橋橋が、2015年9月の記録的な豪雨で流出したままになっていた。大きくえぐられた川岸の護岸は現在も土のうが積んだままになっている。
問題の石碑は高橋のたもとに集められた石仏群の中にあった。

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田島静川の白湯山湯殿山飯豊山
明治2年(1869)72×69×34㎝ 37.198951, 139.694999

[表面]
白湯山
湯殿山
飯豊山

[裏面]
明治二巳年八月吉日
施主 野中惣右エ門

もともとはどこにあった石碑なのか伺おうと地元のおとしよりの方に伺ったら住宅地図掲載の惣右エ門さんは元校長先生で、とうの昔に亡くなっておられた。150年近く前の建立だからして、代々世継ぎが惣右エ門さんを名乗るやつか。

R289をはさんだ斜め前の集落にかつての静川の名主、細井家資料館がある。2011年12月に閉館。前述施主のお宅とは親戚とのこと。

 

下野街道大内宿の白湯山碑

白湯山・高湯山信仰 会津西街道

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天空の古道トレッキングの翌朝に大内宿に寄る。宿の端の塔碑群の白湯山碑を撮影に来た。あいにくの小雨模様。

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下野街道大内宿の白湯山碑
天保15年(1844) 81×54×32㎝ 37.335095, 139.862285
[表面]
白湯山
[裏面]
    清左エ門
    喜左エ門
    槽治良

   村中
天保十五甲辰年
    八月吉日

   世話人
    谷右エ門
    興兵門

天保15年=弘化元甲辰年(12月1日改元

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黒羽観光やな@黒羽向町

やなをめぐる 景勝地・観光地

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きょうは8月7日ヤナの日、・・ということで黒羽観光やなに行ってきた。今年の夏は台風が少ない。ゲリラ豪雨は何度かあったが台風は上陸していない。観光やなにとって台風は天敵のようなもの。シーズン途中で台風が来たりしたら、増水でやなが壊され改修の見込みが立たなくなる場合だってあるのだ。

 

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いつもより河川の水量が少ない。訪問したのが午後2時台だったせいもあるけど釣り客もまばら。

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こちらの正式名称は黒羽観光簗漁業組合。7/1から10/31までの営業。

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スノコ幅は9m 奥行19m。上流域ではかなり大きいほうだ。

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水量がないのであまり迫力がないですな。

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せっかくなので座敷で鮎の塩焼きを食べていくことに。

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今日の「のど自慢」でみた「女は抱かれて鮎になる」って唄を思い出した。「若鮎のような」って慣用句、ワイルドで若々しい女性の性的な表現で使われるけど確かになまめかしいな。考えすぎだろ。

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代表者のお名前が前田と須佐木の方だった。当然旭興推しで。

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お座敷に時折吹き抜ける川風が心地よい。

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型はそれほどでもないけど、この成型はさすが!この躍動感!!清らかな香りがたまらない。内蔵のにがみもいい。・・ビール飲みたい・・。

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塩原温泉厄除不動尊 開創40周年記念柴燈大護摩を観に行く

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たしかネットで見た情報では、式典の開始は9時半のはずだった。9時15分に温泉街に到着、八夕橋の信号機で止まったら、もうそこまでお練りが進んでるじゃないか!急いで湯っぽの里の駐車場に突っ込んで行列を追う。

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今年は5年に一度の稚児行列のある年。親御さんに連れられて華やかな衣装のお稚児ちゃんがちょこちょこと。かわいい!!

今回は都心からの参拝団に加えて小中学生の姿も。塩原の子どもたちかな、と思ったら川崎大師平間寺日曜教苑の生徒さんたちとのこと。言われてみればあか抜けてる都会の子っぽかった。

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湯っぽの里からバスを連ね須巻富士山園地へ。道路から階段を一歩一歩ふみしめ、柴燈護摩のある山腹の道場を目指す。結構年配のかたもいるし、お稚児ちゃんも元気に上がっていく。参拝団の方は自分の名前の入ったのぼり旗を見つけて記念写真を撮っていた。

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中腹の広場の道場に近づく前に、塗香(ずこう)をいただき身体に塗って心身を清める。テントでは祈願用の護摩木を用意。赤い法衣をまとった平間寺ご住職との記念写真コーナーがあったりして和やかなムード。しばらくして柴燈大護摩供がスタート。ドンドンと合図の花火がうち上がる。

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まずは山伏問答。旅の行者が道場での柴燈大護摩に参加するため修験道についての問答に答える。晴れて仲間に迎えられ道場に入場する

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「法斧(おの)」深山幽谷から護摩所用の桧葉や薪を伐採する様子を演じる。

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「法弓(ほうきゅう)」注連縄で結界の張られた道場にさらに東西南北、中央、鬼門に五色の矢を放ち守護結界を強化する。

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「宝剣(ほうけん)」不動明王の利剣である智慧の剣で邪気を断ち切る。

「床堅(とこがた)」修験大先達の座る座を打ち堅め盤石に整える。

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「閼伽(あか)・柴燈(さいとう)」炉檀に神聖なる浄水を注ぎ、不動明王の浄火を松明に移し点火に備える。

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「願文(がんもん)」参詣者の諸願成就を祈念し神仏に奉読する。

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点火 大団扇であおがれ、神聖な煙がもうもうと式場にたちこめる。

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僧侶衆は山頂の不動明王の前に移動。

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炎は落ち着きこの後の火渡りの準備に入る。

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このあとお山を下りて帰るための配慮なのか、他所の火渡りよりはソフトな感じ。

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修験者のあと一般の方も次々と渡っていく。

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40周年記念の特別お守りとお餅をいただいた。

garitune.hatenablog.jp

 

金乗院 波切不動尊 火まつり2016

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沼野田和の金乗院 那須波切不動尊の火まつりに来た。早朝はザーザー降りであったが、開式の10時半にはすっかり雨は止んでいた。こんな天気だからそれほど人出もないだろうとぎりぎりで現地に到着したら第三駐車場まで満杯。ぐるっと稲荷山をまわって東那須野公園の駐車場に誘導された。ここから歩きか・・。


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熊川の土手を1キロほど歩いて境内に到着。ちょうど本堂から道場に向かうところ。

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多少の霧雨にもかかわらず多くのギャラリーがつめかけている。400人ぐらいか。アマチュアカメラマンも多数、開山祭でみかける報道の方もちらほら。

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こちらが金乗院の斉燈護摩。四方にも小さい護摩壇がついている。

さて、金乗院の斉燈護摩は荒行の「湯加持行」や「たいまつ行」があることで知られている。しかし、プログラムが盛りだくさんなせいか、見どころである旅の行者の「山伏問答」「床堅めの儀」などが省略されている。ネット上に2011年の映像が上がっているが、以前は山伏問答もやったみたいだ。山笠で招く高野山修験道の所作だ。

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斉燈護摩の所作は斧や弓、刀などで道場の結界を作るところから始まる。法斧の儀。うしろの子どもたちは、職業体験研修で参加している中学校の生徒たち。

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宝弓の儀

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宝剣の儀

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祈願文披露

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点火作法

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極彩色の梵天

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不動明王の炎が燃え上がる。

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湯加持行 熊笹の束で自らに熱湯をふりかける。

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長浜住職も 次回はあのお湯かぶりの席で。

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釜入りの行

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不動明王の化身となる

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すごい気迫に観衆から歓声があがる。

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燃えるたいまつを行衣の袖に通すことで加護を祈る。

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火生三昧 このあと次々と行者が渡り、参拝者たちも続く。無病息災、家内安全、天災鎮撫、恒久平和が保たれますように。