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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

五月晴れの黒田原の道標

道標さがし

梅雨の晴れ間を縫っての道標探し。この時期の大瀧詠一の「五月雨」は良いな。

那須町の記念碑」を借りてみたら、未確認の純粋道標が結構載っている。大田原・西那須野でも多くみられた昭和初期の地元青年団建立による道標だ。黒田原から豊原、奥州道中寄居をみて、板屋から大ヶ谷を通って東山道簑沢に向かう予定。

黒小裏にある農道開通記念の道標の確認からスタート。続いて以前見つけていた西田の道標を採取。

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黒田原西田の道標
72×22×16cm 昭和9年(1934)
北緯37度1分29.2秒  東経140度7分52.5秒
[正面]
右 □□彌次郎追田原ニ至ル
左 □□松沼柏沼國道ニ至ル

[右]
皇太子殿下御誕生記念
[左]
昭和九年十二月 松ノ倉青年建之

今上天皇である明仁さまの誕生を記念して建てられた道標。誕生日は昭和8年12月23日。右左の下あたりが風化でえぐれており文字の判別が不明瞭。彌次郎の上が「旗鉾」、松沼の上が「松ノ倉」になるはず。こちらの道標は「那須の記念碑」に未掲載。

那須の記念碑」によると、松ノ倉青年団は当時、松の倉の北端にもう一基道標を建立したようだ。それが「58 □下御誕生記念」の名前で掲載されているものだが、写真を見ると石柱の上部が破損し失われている。所在地地図の場所に行ってみたが(37.044157,140.12953)、道標をみつけることができなかった。現地は雑草が茂っており確認しづらい状況。

次に上郷青年支部が建立した御成婚記念の道標を探しに行く。所在地図をみると木戸成沢と寄居の山中大久保を結ぶ峠越えのルート上にある道標で、アクセスは黒川の左岸、木戸側から向かうのが賢明と判断。

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黒川の左岸を下流から目標地点に向かうと行き止まりに。やれやれ、と車を降りて一服。川向こうを眺めると、東北本線の旧線のレンガ積みの橋脚が。向こう岸は「下のクルマ」こと水車うどんの鈴木製麺さんじゃないか。遠くチラチラと白いものが。ちょっと寄り道する。

大瀧詠一

大瀧詠一

 

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