以前から「南天堂」とその時代に興味があった。取っ掛かりは辻潤とその思想・著作。この自由な発想、ユーモアあふれるエッセイが書かれたその背景に興味を持つうち、伊藤野枝、大杉栄、林芙美子とその周辺の書籍を読み漁る。寺島珠雄の「南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和」も読んで、現在もその場所に存在する「南天堂」に行ってみたいと思った。
松岡虎王麿の父、寅男麿の経営していた新・古書店「有明堂」は白山前町十四番地にあった。これが「三角二階」と呼ばれる店だ。その後松岡虎王麿が相続し「南天堂」と名が変わる。大正9年(1920)、本郷駒込東片町一〇五番地、まき町通り中央に新南天堂がオープンする。一階は新刊書籍雑誌、二階はカフェーレストランとなっている。
現在、同じ場所に同じ名の書店が建っている。松岡虎王麿の末裔というわけではないらしい。
当時二階の仏蘭西風レストランには隣の銭湯へ行く路地から上がったらしい。
今日も南天堂は酔いどれでいっぱい。辻潤の禿頭に口紅がついている。浅草のオペラ館で、木村時子につけて貰った紅だと御自慢。集まるもの、宮島資夫、五十里幸太郎、片岡鉄兵、渡辺渡、壺井繁治、岡本潤。
五十里さん、俺の家には金の茶釜がいくつもあると呶鳴っている。
なにかはしらねど、心わあびて……渡辺渡が眼を細くして唄っている。私はお釈迦様の詩を朗読する。人間、やぶれかぶれな気持ちになると云うものは全く気持ちのいいものだ。やぶれかぶれの気持ちの中から、いろいろな光彩が弾ける。黒いルパシカを着た壺井繁治と、角帯を締めた片岡鉄兵がにやにや笑っている。
林芙美子「新版 放浪記」より
アナキスト、ダダイスト、国家社会主義者、新感覚派等の思想家、芸術家が集まり討論し、交流し、酒を酌み交わした。
帰りは団子坂から千駄木駅へ。「青鞜」発祥の地前を通る。
面影など残っているはずもない事は分かっていたが。…まあいいか。
放浪のダダイスト辻潤―俺は真性唯一者である (玉川信明セレクション―日本アウトロー烈傳)
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