最高の斉燈護摩日和。大田原市本町の成田山大田原分院遍照院さんの「大火渡り祭」を観に行く。
お年寄りから子供までギャラリーも多く、なごやかな雰囲気。
栄町屋台入場
山伏入場
誓願の儀
山伏問答
法斧の儀
法弓の儀
法剣の儀
床堅の儀
祈願文披露
点火
会津中街道交流実行委員会主催の「体験観光トレッキング 天空の古道 会津中街道を行く」に参加してきました。
コースは大峠林道駐車場から大峠~三斗小屋宿跡~麦飯坂~沼ッ原駐車場の予定でしたが、台風直後により湯川の水量が多く、渡渉が困難だったため深山ダム林道ゲート側に降りて終了という形になりました。
大峠林道終点駐車場から湯川手前戦土手までのログデータを地形図に落としたもの。kmlデータも「会津中街道交流会ウェブフォーラム」で公開しています。トレッキング終了後は湯野上温泉「洗心亭」で「夜楽会」が行われました。湯野上のお湯も最高でした。佐藤淳一先生とスタッフの皆様、企画運営お疲れ様でした。充実したプログラムで大変感動しました。
「会津田島の野仏」収録の田島静川の白湯山碑を観に行った。今回はじめて田島図書館に伺った。なんてモダンな建物!役場と保健センターと図書館が入ってるようだ。「田島組栗生沢村西軍敗残兵始末」をコピったついでに旧田島町静川地区の場所を聞く。静川地区といっても広いだろうから住宅地図で辺りをつけようと思ったら、なんと今回の塔碑の施工主とまったく同じ名前の当主のお宅があるじゃないか。この付近に間違いない。
静川地区。集落に向かう桧沢川に掛かる全長20mの高橋橋が、2015年9月の記録的な豪雨で流出したままになっていた。大きくえぐられた川岸の護岸は現在も土のうが積んだままになっている。
問題の石碑は高橋のたもとに集められた石仏群の中にあった。
田島静川の白湯山湯殿山飯豊山碑
明治2年(1869)72×69×34㎝ 37.198951, 139.694999
[表面]
白湯山
湯殿山
飯豊山
[裏面]
明治二巳年八月吉日
施主 野中惣右エ門
もともとはどこにあった石碑なのか伺おうと地元のおとしよりの方に伺ったら住宅地図掲載の惣右エ門さんは元校長先生で、とうの昔に亡くなっておられた。150年近く前の建立だからして、代々世継ぎが惣右エ門さんを名乗るやつか。
R289をはさんだ斜め前の集落にかつての静川の名主、細井家資料館がある。2011年12月に閉館。前述施主のお宅とは親戚とのこと。
きょうは8月7日ヤナの日、・・ということで黒羽観光やなに行ってきた。今年の夏は台風が少ない。ゲリラ豪雨は何度かあったが台風は上陸していない。観光やなにとって台風は天敵のようなもの。シーズン途中で台風が来たりしたら、増水でやなが壊され改修の見込みが立たなくなる場合だってあるのだ。
いつもより河川の水量が少ない。訪問したのが午後2時台だったせいもあるけど釣り客もまばら。
こちらの正式名称は黒羽観光簗漁業組合。7/1から10/31までの営業。
スノコ幅は9m 奥行19m。上流域ではかなり大きいほうだ。
水量がないのであまり迫力がないですな。
せっかくなので座敷で鮎の塩焼きを食べていくことに。
今日の「のど自慢」でみた「女は抱かれて鮎になる」って唄を思い出した。「若鮎のような」って慣用句、ワイルドで若々しい女性の性的な表現で使われるけど確かになまめかしいな。考えすぎだろ。
代表者のお名前が前田と須佐木の方だった。当然旭興推しで。
お座敷に時折吹き抜ける川風が心地よい。
型はそれほどでもないけど、この成型はさすが!この躍動感!!清らかな香りがたまらない。内蔵のにがみもいい。・・ビール飲みたい・・。
たしかネットで見た情報では、式典の開始は9時半のはずだった。9時15分に温泉街に到着、八夕橋の信号機で止まったら、もうそこまでお練りが進んでるじゃないか!急いで湯っぽの里の駐車場に突っ込んで行列を追う。
今年は5年に一度の稚児行列のある年。親御さんに連れられて華やかな衣装のお稚児ちゃんがちょこちょこと。かわいい!!
今回は都心からの参拝団に加えて小中学生の姿も。塩原の子どもたちかな、と思ったら川崎大師平間寺日曜教苑の生徒さんたちとのこと。言われてみればあか抜けてる都会の子っぽかった。
湯っぽの里からバスを連ね須巻富士山園地へ。道路から階段を一歩一歩ふみしめ、柴燈護摩のある山腹の道場を目指す。結構年配のかたもいるし、お稚児ちゃんも元気に上がっていく。参拝団の方は自分の名前の入ったのぼり旗を見つけて記念写真を撮っていた。
中腹の広場の道場に近づく前に、塗香(ずこう)をいただき身体に塗って心身を清める。テントでは祈願用の護摩木を用意。赤い法衣をまとった平間寺ご住職との記念写真コーナーがあったりして和やかなムード。しばらくして柴燈大護摩供がスタート。ドンドンと合図の花火がうち上がる。
まずは山伏問答。旅の行者が道場での柴燈大護摩に参加するため修験道についての問答に答える。晴れて仲間に迎えられ道場に入場する
「法斧(おの)」深山幽谷から護摩所用の桧葉や薪を伐採する様子を演じる。
「法弓(ほうきゅう)」注連縄で結界の張られた道場にさらに東西南北、中央、鬼門に五色の矢を放ち守護結界を強化する。
「宝剣(ほうけん)」不動明王の利剣である智慧の剣で邪気を断ち切る。
「床堅(とこがた)」修験大先達の座る座を打ち堅め盤石に整える。
「閼伽(あか)・柴燈(さいとう)」炉檀に神聖なる浄水を注ぎ、不動明王の浄火を松明に移し点火に備える。
「願文(がんもん)」参詣者の諸願成就を祈念し神仏に奉読する。
点火 大団扇であおがれ、神聖な煙がもうもうと式場にたちこめる。
僧侶衆は山頂の不動明王の前に移動。
炎は落ち着きこの後の火渡りの準備に入る。
このあとお山を下りて帰るための配慮なのか、他所の火渡りよりはソフトな感じ。
修験者のあと一般の方も次々と渡っていく。
40周年記念の特別お守りとお餅をいただいた。
沼野田和の金乗院 那須波切不動尊の火まつりに来た。早朝はザーザー降りであったが、開式の10時半にはすっかり雨は止んでいた。こんな天気だからそれほど人出もないだろうとぎりぎりで現地に到着したら第三駐車場まで満杯。ぐるっと稲荷山をまわって東那須野公園の駐車場に誘導された。ここから歩きか・・。
熊川の土手を1キロほど歩いて境内に到着。ちょうど本堂から道場に向かうところ。
多少の霧雨にもかかわらず多くのギャラリーがつめかけている。400人ぐらいか。アマチュアカメラマンも多数、開山祭でみかける報道の方もちらほら。
こちらが金乗院の斉燈護摩。四方にも小さい護摩壇がついている。
さて、金乗院の斉燈護摩は荒行の「湯加持行」や「たいまつ行」があることで知られている。しかし、プログラムが盛りだくさんなせいか、見どころである旅の行者の「山伏問答」「床堅めの儀」などが省略されている。ネット上に2011年の映像が上がっているが、以前は山伏問答もやったみたいだ。山笠で招く高野山修験道の所作だ。
斉燈護摩の所作は斧や弓、刀などで道場の結界を作るところから始まる。法斧の儀。うしろの子どもたちは、職業体験研修で参加している中学校の生徒たち。
宝弓の儀
宝剣の儀
祈願文披露
点火作法
極彩色の梵天
不動明王の炎が燃え上がる。
長浜住職も 次回はあのお湯かぶりの席で。
釜入りの行
不動明王の化身となる
すごい気迫に観衆から歓声があがる。
燃えるたいまつを行衣の袖に通すことで加護を祈る。
火生三昧 このあと次々と行者が渡り、参拝者たちも続く。無病息災、家内安全、天災鎮撫、恒久平和が保たれますように。