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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

那須官衙関連遺跡の古代道路跡@小川山崎

那須官衙遺跡の発掘調査で、古代の道路跡が見つかったという記事を見て現地に行ってみた。
教育委の現地説明会が6日にあるらしい。



場所は正倉跡の南東150m。ちょうど民俗資料館(小口家・永森家民家)の正面にあたる休耕田。



発掘に参加した学生さん達がたまたま居て、撮影許可を求めたら、わざわざ試堀トレンチのビニールーシートを外してくれた。さらに詳しく解説までしてくれた。



これが今回見つかった古代の道路跡。両脇に側溝があり、幅は約8.5m。側溝からは瓦や土器片も発見されたという。



この断層の切れ目が、道路が使われていた頃の地表面。



官衙の成立は七世紀末から八世紀初頭、廃絶したのが十世紀代と言われている。浄法寺廃寺と那須官衙を結ぶ道路は、今までの発掘調査で正倉跡と官衙跡の間に6.4m幅の道路遺構が確認されていたはず。さらに幅の広い道路が見つかったことで那須官衙遺構全体の配置に見直しが出る可能性が?



道跡が出たトレンチの東側の別のトレンチの溝。そもそもこの区画の発掘は、2009年9月に見つかった政庁の区画跡とされる深さ約1.6mの溝跡の続きがこの場所で見つかるか、というものだったという話?・・今回ハテナばっかだな。基本情報が知識が不足していて、学生さんの説明が咀嚼できなかったよ。詳細は風土記の丘資料館で確認してくれい。


大きな地図で見る

ちなみにこの付近の東山道のルートは、神田町の神津川の橋のカーブから仲町十字路、小川支所西十字路、上町十字路までは現在の道なり、そこから那須国造碑の笠石神社交差点までまっすぐ北上する、というものだ。R294沿いには多くの遺跡があるけど、肝心の東山道の道路遺構は確認できているのかな。