塩原温泉の古式湯まつりでは、無料で温泉に入れる「温泉ふるまい」というイベントを2年前から行なっている。お湯の恵みに感謝しつつ、塩原温泉郷におよばれに出掛けた。
「湯っぽの里」に車を置かせてもらって、畑下(はたおり)温泉に向かう。
共同浴場高砂の湯の前を通って畑下戸の温泉街に降りていく。
段丘下を箒川が流れる道沿いに石仏が並んでいる。ふと庚申塔をみてみると道標になっているじゃないか。今まで気付かなかった。左 須巻、右は、古町?あとでちゃんと観に来よう。
畑下の庚申塔 寛政7年(1795)の情報
江戸時代、会津脇街道だった頃から三島道路が出来るまで?はこの畑下戸の低地にいったん降りるルートがメインストリートだった。清琴楼脇の広場がかつての馬車の停車場跡とのこと。
明治30年発行の「塩原温泉紀勝」によると、当時畑下戸には「河原ノ湯」「鳩ノ湯」「狢(むじな)ノ湯」「元ノ湯」「冷ノ湯」の5つの泉源があったようだ。温泉宿も5軒、「大和屋」「塗屋」「佐野屋」「紙屋」「井桁屋」と書かれている。佐野屋が現在の清琴楼だ。現在の畑下温泉には「はとや旅館」という宿があるのだが、「鳩ノ湯」泉源と関係があるのでは、と思ったが、はとや旅館の源泉名は「畑下源泉」とだけある。福久寿苑とぬりやの源泉名が「畑下元湯共有源泉」とあるがこれが元ノ湯?
畑下地区の地域住民のための共同浴場「下の湯」はホテル福久寿苑のとなりにある。入って左右に脱衣棚があり、仕切りの向こうに真四角の浴槽がある。午前9時30分現着、先客の郡山から来たという兄さんとふた言三言交わしてから入浴してみる。お湯加減の微妙な表現とか、よくわからないがとりあえず、
うほー!朝風呂さいこー!!
「塩原温泉誌」(M44)には各温泉の「医治効用」(現代でいう「泉質における適応症」、いわゆる温泉の効能)が載っているのだが、同じ塩化物泉でも泉源ごとに細かく効能が分れているのが興味深かった。例えば畑下戸の泉源では
元の湯 のぼせ、づづう、血のみち、せうかき、痛風
鳩の湯 瘡毒、せんき、切傷、打み、やけど、かつけ
狢の湯 中風、むし、しやく、すばく、りうゐん
冷の湯 づつう、めまひ、けんぴき、がん病等
とある。温泉場が「癒しの場」ではなく「治療の場」だった頃の話である。神経障害、筋肉痛、皮膚病、婦人病、性病等々、湯治場はさながら総合病院だ。経験的に培われた効能の知識、当時の温泉医学の基づく根拠があり、西洋の近代温泉化学が入ってきて成分分析により科学的な裏付けがなされた。同じ塩化物泉でも鉄、マグネシウムやカルシウムなどの含有化学成分や温度の違いで効能が違うのだ。
当時の疾患名(漢方、中医学用語らしい)が死語というか、意味不明で興味深い。いつかまとめてみよう。