がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

奥州道中の寄居~白河宿女石を歩く

奥州道中の寄居~白河宿女石を歩く。スタート地点の寄居本郷の旧道沿いに向かうために、まずはJR豊原駅から3km歩かねばならなかった。途中水場のある山道は、雰囲気があって退屈はしなかったが。

 

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 雰囲気のある石仏群のある奈良川沿いの戸上商店の丁字路からスタート。

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 立派な国道から逸れて、かつてはさかんに往来があったであろう旧道沿いの集落を歩いてみると、ゆっくりと時間の流れるなつかしい風景が出迎えてくれた。・・などと書いてみたかったが、現実にはほとんどの家は近年建て替えられてしまって普通の街並になっていた。S50年代ぐらいまでなら、まだ藁葺き屋根も多く、風情のある情景を見ることができたのかもしれない。世間的には藁葺きなどの古めかしい家屋は、「貧しさ」の象徴であって、実際に暮らしている人たちにとっては、なんとか現代的な建物に建て替えてしまいたいと思うだろうし、より文化的な生活をしたいと願うはずだ。昔の面影を留めていることを望む我々は一体何様のつもりなのか。・・・しかし、寄居や白河宿内は、歴史を感じさせる蔵や門、格子窓など、街道の繁栄のよすがを残す旧家・商家を観ることができた。

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 昼食は奥州道中と原街道の分岐の処にある商家の建物で営業している「リールエリール」。なためさんの特別な日記念で、ビールで乾杯!!

 

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 旧道沿いの道のくねり方は、かつての街道の雰囲気を感じさせる。
 

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 白河宿内の鉤型の道は、いかにも街道沿いの宿内の風情を残している。宿内は格子窓の商家や隣接する蔵が多数残っており、見とれてシャッターを切るのが忙しく、他のメンバーに遅れをとった。宿内中心部の長寿院は、慶應・戊辰の殉国者墳墓があり、長州・大垣・館林・佐土原藩の白河方面における戦死者、または他戦地で負傷し、引き上げてきて白河で没した戦病役者を弔っている。
 

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 ゴールは女石の奥州海道と白河街道の追分。ここにはかつて「たていし」と呼ばれる大きな道標(仙台50里 会津20里)が建っていたそうだが、道路拡張の際に地中に埋められてしまったそうだ。近くには仙台藩士戊辰戦没碑や遊女志げ女の碑がある。基本的にはR294沿いを行く車で通り慣れた道のりではあったが、要所要所に見どころが多く飽きさせないコースだった。毎度思うことだが、徒歩で歩いてみることの重要性を再確認した旅だった。