2026-01-01から1年間の記事一覧
那須地方の馬が全国に誇る「那須駒」として大きく発展した背景には、国の軍事需要、とりわけ近代的な軍馬育成施設がこの地に置かれたことが深く関係している。明治政府にとって、戦争や物資の運搬を支える軍馬の育成は、国の命運を握る重要なプロジェクトだ…
北温泉のある余笹川の渓谷に降りてゆく手前の駐車場の奥、平成の森遊歩道として整備されたこの道は、かつての白河道だ。白河から三斗小屋宿を襲撃に向かう北回りグループの館林藩の本営隊、一番隊、黒羽藩の三番隊が通ったルートか。 登山道以東の温泉道の左…
矢板市の沢集落に来た。かつては日光北街道の宿場として栄えた集落であるが、今はひっそりと静まり返っている。昭和40年代くらいまでは、草屋根の屋並に馬喰宿があったというが、今はその面影もない。集落の中央に大きな鉤の手(クランク)があり、かつては城…
那須町迯室にある長久寺に来た。ここ迯室は黒羽藩の時代から良馬を産出する地だった。迯室で馬市が行われ売買が行われた謂れの刻まれた産馬大神の碑がある。 産馬大神碑 高さ306cm 横193cm 厚さ133cm[表面]産馬大神 青木子爵之真跡 [裏面] 我カ下野産馬組合…
那須与一は三国一よ、男美男で旗頭~。 那須の八幡崎、八幡平は、そんな与一が少年期に弓の腕を磨いたという言い伝えのある場所。那須岳から南東方向に延びる尾根の末端に広がる標高1040mの高原だ。那須連峰を背景に、広く那須野が原から白河方面まで一望す…