がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

売春防止法と業者 県内各地の動きを探る

江戸時代以来続く公娼制度は、明治5年(1872)に「芸娼妓解放令」により公娼制度を廃止しようと試みたが実効性に乏しく、明治33年(1900)公娼制度を認める前提で「娼妓取締規則」により一定の規制を行った。明治41年(1908)には非公認の売淫を取り締まることとした。戦後GHQの要求により昭和21年(1946)「娼妓取締規則」が廃止になり公娼制度は名目上廃止されたが、赤線地帯は取り締まりの対象から除外されたため、事実上の公娼制度は以降も存続した。戦後、売春防止法的な法案が何度か提出されるも否決されるが、一方で昭和30年(1955)酌婦業務を前提とした前借金契約を公序良俗違反として無効であるとの判例変更がなされるなど、売春を容認しない社会風潮は次第に変化していく。

f:id:gari2:20181115211223j:plain

昭和32年(1957)2月の売春防止法施行前の栃木県内の状況を伝える記事。なお、実際の表記を読みやすく修正、個人名部分は省略している。

売春防止法と業者 県内各地の動きを探る
進まない転廃業 従業員も8割が無関心
いよいよこの4月から売春防止法が施行になる。もっともこんど発効になるのは更生保護規定だけで、“売春”そのものに対する刑罰規定の発効は来年4月から、業者が 実際に転廃業するまでには、かなりの猶予期間があるわけだ。

ところで現在県下には宇都宮、栃木、藤原(鬼怒川、川治)、黒羽 =以上赤線= 足利、佐野、小山、真岡、塩原、那須町 =以上主として青線= などに 業者が327軒(赤線が127軒、青線が141軒)あり、約1500名の従業婦が働いているが、どうやらその八割までが この法律には無関心といった格好、業者連中も口では「一刻も早く転業したい」とはいってはいるが、いままで転廃業した業者はわずかに宇都宮、足利で目立つ程度、昨年末の全国的な調査でも、青線地区が昭和28年度に比べて50%近く増えている事実をみても、いかにこの法律の施行が困難か裏書きされるようだ。同法の施行に対する県下の業者たちの実情を調べてみた。

赤線 GHQによる公娼廃止指令(1946)から売春防止法の施行(1958)までの間に、半ば公認で売春が行われていた区域 特殊飲食店街特飲街
青線 特殊飲食店の営業許可なしに、一般の飲食店の営業許可のままで非合法に売春行為をさせていた区域

まず県では、この施行に先立ち、昨12月に〇〇さん(河内地方事務所)〇〇さん(上都賀地方事務所)〇〇さん(那須地方事務所)の三人を夫人相談員に任命、それぞれ売春婦の更生保護にあたらせている。仕事は売春婦からの更生相談を受けたり、ことし学校を卒業した少女の動向調査を行ない転落防止をはかることなど、まず刑罰が適用される来年度にそなえての準備期間といったところ。
というのは全国的にみても同法が施行されても、はたして関係機関がどれだけ活動出来るかは疑問で、警察、婦人少年室、県教委などとの横の連絡もあまり期待出来ないからだ。
これについて県社会部長は「警察では警察の役割を果たすための仕事に重点をおくだろうし、婦人相談員なりの考えで売春婦の保護更生を考えるだろう。また売春婦を全部一度に更生させる設備もいまはないし、早急に他の職業に転向させることも困難だ。だがなんとかして同法の趣旨に沿うよう努力したい。しかし、同法が軌道にのるには、正式に県の婦人相談所が設置される7月ごろからで本格的な活動は来年からだろう」と語っている。
なおこの婦人相談所の建築費として、県では今年度の売春関係予算のうち375万(半額は国庫負担)を計上、所長以下7名の職員を置き宇都宮市に設置することになっている。

”もぐり赤線”が心配
[宇都宮]
いわゆる赤線業者が、130軒くらいあり、昨年の暮から40軒近くが廃業、近県では断然多い。世話役をやっている一業者は「法律が出来たら他県に先がけて転廃業を立派にやりとげたいと思っている。看板だけぬり替えて以前と同じような商売をしようなどという安易な考えはもってない」とキッパりいいきっているが、いざどんな商売に、ということになると多くの問題がある。宇都宮市の場合は、場所が旭町、中河原町と地理的に繁華街とかなり離れているため、おいそれと切り換えてもやっていけないのではないかということだ。もっとも手ッ取り早い転業は料理店、スタンド、旅館などだが、これもちよっと無理。また土地建物を売り払う場合でも、この商売が出来なければ土地の価格はかなり下がりそうだ。
「いままでたんまり稼いだだろうとよくいわれるが、私たちは21年に剣の宮から現在地に強制的に移転させられた。そのときもこういう商売だからというので、積極的に協力しました。当時の借金が残っている業者もいる。税金だってかなり高率なはずです。そんなに余裕のある人は一人もいません」
という業者もいるほどだ。
だが最近赤線業者の転廃業を見越してか、花街の周辺に一杯呑み屋やおでん屋ののれんを出したいわゆる”もぐり赤線地帯”が出来てきていることは注目されてよいだろう。この数はおよそ赤線業者の二倍、従業婦の数は二倍をはるかに超えるとみられている。
”もぐり業者”の中には無知な彼女らからしぼれるだけしぼろうとする悪徳業者もいる。過日宇都宮市内に 旅回りの ”どさ興行”がかかったとき役者の一人に言葉巧みにだまされ、連れ出された女がもぐり業者の手で散散こき使われたあげく、紙屑のように捨てられコジキに身を落している例もあるという。
売春防止法が施行になって不当に彼女らが更生出来るのならば、私たちとしてはとやかくいえた立場ではないが、”もぐり業者”の手にかかってより不利な条件で働くのがオチではなかろうか」と業者間の話題である。

ここばかりは順調
[足利市]
昨年九月趣味を生かしてカメラ屋を開いた県内での転業第一号をはじめ、全44軒のうちすでに6軒が廃業、4軒はカメラ屋、化粧品、工員、飲食店に転業、残り34軒も3月いっぱいに転業または廃業の見通しで、足利署の調べによると転業が準料理屋12、準飲食店3、すし屋、旅館、菓子店(各1)未定7、廃業7軒といったところ。
一方昨年10月には60人からいた従業婦も、結婚6、食堂婦1、他県転出16名と23名減って、現在は37名となっているが、業者の転廃業により身のふり方の決ったものは、実家に帰る4、適職を探す9、結婚4の17名で、あと20名が未定となっている。

[栃木市]
特飲業者が29軒、従業婦が約150名いる業者の一部は酒場に転業、または設備を新たにして旅館を開業しようとしているものもいるが、いままでのところ転廃業の届出は一軒もなく、栃木署の婦人防犯係では県と連絡、従業婦の転職と更生を呼び掛けている。

業者は極めて消極的
[佐野市]
いま佐野市近辺には業者が37軒(佐野市35、田沼町3、葛生町1)あり、約50名の従業婦が働いている。佐野署では昨年夏ごろから積極的に業者 との会合や文書 などで連絡、転業の指導に当っているが、現在料理店に許可申請を出している業者はたった1軒だけ、同署で転廃業を考えてはいるだろうが、形に現われるのは施行後だろうとみており、佐野市料理組合の組合長 も消極的な業者の対策を素直に認めている。
一軒あたりの従業婦の数は三人が最高で、一人だけという店も多いというが、さすがにその数は減る一方、だが業者間には転業しても果して客がつくかという不安が高まっており、従業婦自体も、大半が”そのときになったらなんとかなるだろう”といつたバク然とした考え方でいるようだ。

[日光市]
協和料理組合に属する10軒の業者に従業婦が26名いるが、積極的な転業の方法は考えていないらしく、従業婦も各自の希望で転向してもらうだけだという。

大半が芸̪妓置屋に転業
[藤原町]
川治温泉には料理組合員14軒、従業婦は21名おり、ほとんどが旅館転向を希望しているが、いずれも資力の面で難かしいようだ。一部には比較的容易な食堂物産店、芸̪妓置屋への転向も考えられているが、これも資金と従業婦の個人希望の関係で踏み切れない。それも業者中女主人が七割以上もいる関係もあるようだ。
一方、鬼怒川温泉には、料理カフエー連合会傘下の業者が34軒、従業婦は59名おり、芸̪妓の出ている宴席からしめ出されていた特飲店の従業婦が、協定で昨春から同席してきた関係上、芸̪妓置屋への転向が総意でまとまり、今月一日から一せいにその準備に入った。しかし脱落者は当然予想され、別に従業婦との関係から旅館、遊技場、飲食店へ転向する業者もいるようだ。
もちろん従業婦の希望者には自由解雇もするし、洋裁その他の技術習得のあっせんも積極的に行なっている。

[那須町]
那須温泉には飲食店、芸̪妓置屋などの業者が14軒あり、約30名の女が働いているが実情は特飲店の従業婦と変りがない。もっとも他の観光地同様、季節によつては70名ぐらいに増えるという。施行に当っては大体塩原や鬼怒川の業者と歩調を合わせて転廃業をはかるということだが、やはり芸̪妓置屋への転業を望むものが多いようだ。

まだまだ甘い考えも
[塩原町]
塩原温泉にはいわゆる赤線業者は下塩原一帯の7軒だけで、他の44軒は芸̪妓置屋、飲食店ということになっている。これら芸̪妓置屋には春秋季は150名、冬季は50名の”芸̪妓”が働いており、その内容は赤線と全然変らない。
このため芸̪妓置屋組合幹部が集まり、これからのあり方について協議、新しい組合業をつくった。これによると、まず従来の歩合制を廃し、芸̪妓の独立営業を認めて毎月下宿代を納めてもらい、賃金で芸̪妓を縛ることはやめる。ついで芸̪妓の登録制を実施し、一定の資格のないものの流れ込みを防ぐとともに自主的に質の向上をはかるため、育成機関をつくるというもの。一方青線業者はおでん屋などの軽飲食店への転業を希望する者が多く、改造してそのまま店員として店に出そうという甘い見方が強い。