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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

田島静川の白湯山湯殿山飯豊山碑

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会津田島の野仏」収録の田島静川の白湯山碑を観に行った。今回はじめて田島図書館に伺った。なんてモダンな建物!役場と保健センターと図書館が入ってるようだ。「田島組栗生沢村西軍敗残兵始末」をコピったついでに旧田島町静川地区の場所を聞く。静川地区といっても広いだろうから住宅地図で辺りをつけようと思ったら、なんと今回の塔碑の施工主とまったく同じ名前の当主のお宅があるじゃないか。この付近に間違いない。

静川地区。集落に向かう桧沢川に掛かる全長20mの高橋橋が、2015年9月の記録的な豪雨で流出したままになっていた。大きくえぐられた川岸の護岸は現在も土のうが積んだままになっている。
問題の石碑は高橋のたもとに集められた石仏群の中にあった。

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田島静川の白湯山湯殿山飯豊山
明治2年(1869)72×69×34㎝ 37.198951, 139.694999

[表面]
白湯山
湯殿山
飯豊山

[裏面]
明治二巳年八月吉日
施主 野中惣右エ門

もともとはどこにあった石碑なのか伺おうと地元のおとしよりの方に伺ったら住宅地図掲載の惣右エ門さんは元校長先生で、とうの昔に亡くなっておられた。150年近く前の建立だからして、代々世継ぎが惣右エ門さんを名乗るやつか。

R289をはさんだ斜め前の集落にかつての静川の名主、細井家資料館がある。2011年12月に閉館。前述施主のお宅とは親戚とのこと。