がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

金山採掘跡の探索@野際新田

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幕末から明治初期にかけて、財政難から二分金を中心とした貨幣が大量に偽造された。外国から武器を購入する戦費調達のため、奥羽越列藩同盟の諸藩が、続いて薩摩・土佐などの官軍諸藩も贋貨を鋳造し始める。二分金は対外決済の際に最もよく使われていたため、贋貨鋳造が盛んに行われた。会津藩若年寄山川大蔵が金座・銀座の職人を会津に呼び寄せ、西の丸で贋貨鋳造を行ったという・・。

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贋貨は、市中から二分金より安い銀貨を集め、鋳潰して金めっきをかぶせたと推測する。銀、あるいは銅の中身にめっきした贋貨は、本物と比較すると重さも音の響きも違うためチャラ銭などと呼ばれた。
岩代国若松県地図第一大区全図」(明治9年)をみると金山、そして小野岳に金鉱、銀鉱があったことがわかる。当時会津藩はこれらの鉱山から材料を調達していたのではあるまいか。今回は会津中街道交流会の企画で、会津藩の軍資金調達に利用されたかもしれない金鉱・銀鉱跡を探してきた。

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本当は採掘跡の場所を知る地元の方が案内してくれる予定だったのだが、急に入院されたとのことで、我々だけでの探索となった。

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日暮の滝北側の山塊を金山という。地図にもずばり載っており、金の採掘が行われていたことを匂わす、というか大々的に名乗っちゃってるし。

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昭和30年代に作られた石積みの初期砂防ダム那須の御宝前に向かう湯管道の石積み法面や、尾頭橋付近の車道下
石積み法面もこの位の年代なのだろうか?

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斜面を確認しながら沢を下る。

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沢沿いに鉱石の転石を探す。

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キラキラしております。

正直よくわかりません。



前日、野際新田に残る茅葺の家に宿泊させてもらった。

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囲炉裏があるのに防寒のためか天井がはってあり、煙は換気扇で天井裏に逃がす。立つと煙が充満して目が痛い。朝方には燻製になりそうだ。カセットコンロ持込みで網焼き。せっかく炉端があるのだから、次回はアルミホイルの蒸し焼きをやろう。

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差し入れのお刺身の鯨のベーコン。おいしく頂きました。地元の人からしか聞けない話、少年時代の思い出話、楽しかった。また呑みましょう。

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