西海先生の石仏調査書を五峰の湯で熟読。両郷と寒井・桧木沢をまわる。
木佐美前郷の道標
74×26×26cm 明和3年(1766) 36.907125,140.173476
[右]
明和三戌年 十月吉日
[正面]
右ハ すさき
左ハ 川かミ
木佐美前郷の西国四国坂東秩父供養塔
76×27×24cm 文化15年(1818) 36.907125,140.173476
[右]
文化十五戌寅二月吉日
[正面]
右 須さき
西國四國
梵字(阿弥陀仏三尊)奉納 供養塔
坂東秩父
左 加わかみ
[左]
願主 ○○○○
木佐美村 同○乃の
上の2基は同じ場所にあるもの。川上方面は鰻峠を通って南方西の入に出る。そう、この道標の前を武田耕雲斎率いる水戸天狗党が通ったわけだ。須佐木方面は尻高田を通って唐松峠に向かう道だ。
中野内大塚の馬頭観世音
94×75×35cm 文化14年(1817) 36.919053,140.146885
[右]
文化四丁卯年 願主 大塚村中
三月吉日
[正面]
右 やみぞ
梵字(カン)馬頭観音
左いお卯の
中野内大宮橋の馬頭観音
100×34×31cm 年代不明 36.910106,140.146724
[右]
□□□□年
右 棚倉道
[正面]
馬頭観世音
[左]
左 白川道
現在の大宮橋はバイパスに掛けられているが、以前はこの道標の右側に掛かっていたそうだ。棚倉方面は伊王野から関街道、戸中峠?それでは白河方面と変わらないな。南方に出て八溝の麓を通って戸中峠の道にでたのか?
河原鍛冶内の馬頭観音
58×27×17cm 明治18年(1885) 36.929457,140.185959
[右]
右 やま道
願主 加藤市右門
[正面]
明治十八年三月十六日
明治十九年正月十二日
昭和二十年正月六日
[左]
左 いそ上道
これはさすがに先人の調査がないとみつけられないよ。磯上は有名な山桜のある集落。
桧木沢の六字名号塔
129×32×88cm 明和3年(1766) 36.888717,140.118319
右 さぶい
道
中 なべかけ
明和三丙戌天
南無阿弥陀佛
十月吉祥日
左 のま道
桧木沢村
寒井三滝の寒念仏供養塔
146×88×40cm 明和6年(1769) 36.905324,140.121666
右 江戸
よせ道
明和六己丑天 寒井村中
梵字(アク)寒念佛供養
四月吉日 同行廿六人
白河道
左 水戸
お昼はR294沿い寒井の唐揚げ屋に行こうと思ったのに休みだった。