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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

塩原温泉芸妓組合跡@塩原塩釜

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塩釜温泉高尾塚碑の裏手の高台に、かつて「塩原温泉芸妓(げいぎ)組合」があった。現在は更地になっているが、'90年代の住宅地図には載っているので、建物は最近まであったのかもしれない。今でもこの場所のことを「ケンバン(検番)」と呼んでいる。芸妓組合は芸妓の所属する置屋をとりまとめ、依頼により芸妓の派遣を管理する組織だ。昭和40年代の旅行ガイドに興味深い記述を見つけた。

宴席の花 客がたてこむ紅葉のシーズンは約150人、通年の数は半分の約70人、アパート暮しの1枚看板と、検番暮し。三味にあわせて芸が出来るのと、お酌専門なのがそれぞれ半々、というのが塩原の芸者衆。人数が倍になるシーズンは、予約がないと呼べない程だが、いつでもかけつけてくれる冬から春が遊び時季とは土地の人の話。1時間半の一座敷で3800円、1時間増す毎に1900円、他に税金10%、車代が少々必要。塩原内ならどこも共通です。
日本交通公社「ポケットガイド那須・塩原」より

「1枚看板」というのは置屋に属さないフリーの芸妓ということだろうか?「検番暮し」という記述から、芸妓組合が芸妓の宿泊施設も兼ねていたことがわかる。秋のピーク時に普段は塩原を本拠にしていない芸妓さんが集まってきて倍以上になったというのだからすごい。この近くには地元の人の共同浴場、「高尾の湯」と「ぢの湯」がある。夕暮れ前頃には出勤準備の芸妓さんで賑わったことだろう。

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明賀屋近く 髪結い屋だった店か?

かつては塩釜温泉塩原温泉郷の中心的な繁華街であったというから、芸妓組合が塩釜に置かれたのだろう。高尾太夫のような名妓になるために、日々稽古に努めた塩原芸妓の伝統が失われてしまったのはさみしい。


高尾塚@下塩原塩釜 - がりつうしん