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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

やっと正気になってきたので

東北地方太平洋沖地震において被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

ここ数日で、皆さんの生活にもかなりの変化があったと思う。本来災害の少ない北関東であるが、今まで経験した事のない規模の地震に遭遇し、何らかの被害を被った方も多いだろう。社会情勢や東北地方で被災された方々を考えたら、暫く節電も兼ねて自粛すべきかと思ったりもしたが、俺の精神衛生上、このブログ、公開メモ書きは続けさせて欲しい。


地震のあった3月11日14時46分、俺とヨメと母は矢板ベイシアで買い物をしていた。通路幅もあり、スタッフの店外への誘導も落ち着いていたので、特にパニックになることはなかった。俺はヨメと母とはぐれてしまい、とりあえず、近くで立ちすくんでいた知らないばあちゃんを連れ立って、出口へ向かった。栃木県北で震度6強だったそう。とりあえず留守番の父と下校時の子供らが心配で家に向かった。瓦の落ちてしまった家、大谷石、芦野石の塀があちこちで崩れていた。

父は無事、子供らも下校前で無事だった。下校時間がもっと早かったらと思うと・・。家の中は食器棚や本棚が崩れてえらいことになっていた。地震から停電が続いていたので、明るいウチに散乱した台所と食器類、茶の間を片付ける。水道・ガス・明かりの準備とラジオのチェック。家電・携帯が不通のため、安否確認のためツマの実家の様子を見に行く。緑から大田原方面は電気が通っていた。供給ルートの違いか。因みにウチの電気復旧は翌朝の4時代だった。

テレビをつけて三陸地方の津波の被害を知る。当初はM7.9とのことだったが、その後M9に変更された。東北太平洋側の原発津波の被害に遭った事を知る。その後の報道で福島第一原子力発電所メルトダウンを知らされるわけだが。

福島第一といえば、数年前双葉の海に海水浴に何回か行った。大洗や勿来などより水が綺麗で、ごみごみしていない素敵な海水浴場だった。役場にトイレに寄って原発の安全啓発展示を見たっけ。多少漏れててもラドン温泉みたいに健康にいいかもよ、なんて冗談を云いながら。

高校生の頃、チェルノブイリ原子力発電所の事故があって、その影響を心配して一喜一憂したもんだ。あの頃よく耳にした単位はピコキューリーじゃなかった?広瀬隆の「危ない話」「東京に原発を」などの本が流行って廻し読みした。最近今回の事故についての広瀬氏のインタビューをネットで観たが、すっかりおじいちゃんになっていた。主張は相変わらずでシリアス。学生時代はケビン・ラファティの「アトミックカフェ」の上映会に行ったっけ。若松孝二の「聖母観音大菩薩」とか。マンガ書評の雑誌「COMICBOX」も反原発っぽい内容が濃くなって買うのをやめた。

長期政権下で続々作られた原子力発電所の危険性を知りながら、俺は何も行動しなかったし、ヌクヌクと文明の恩恵を享受してきたので、今さら政府や電力会社をどうこう云う立場にない。命をかけて復旧作業にあたっている方々に感謝。幸運を祈ることしかできない。
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