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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

大田原仲町の銭湯

年末に教授を囲む忘年会があった。場所はいつもの「司」。

集合時間より早めに親不孝に行って街を散策。「乃ん喜」の以前あった場所を確認してみた。大橋酒店脇から入る路地、というか軒脇は今も健在だった。ただ現在はあちこち更地になり駐車場となっている。乃ん喜があった場所には現在「麺八」というラーメン屋が営業していた。

皆より先に「司」に着いたので、マスターとおかみさんにいろいろとお話を伺った。今回はその中で気になった仲町にあった銭湯の話をしたい。

草津の湯」
中央2-2-18

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ツマが幼少の頃、「ステーキ大黒屋」の前の銭湯に行ったことがある、と聞いたのだけど、その銭湯は何というのか気になっていた。大黒屋というのは大田原牛で有名になった会社であるが、かつては親不孝通りに店舗があったのだ。
マスター曰く現在の「奴寿し」の処に「草津の湯」という銭湯があったという。昭和56年頃まで営業していたとのこと。なるほど、その最晩年の頃であれば計算が合う。現在は同地で息子さんが寿司屋を営まれている。'71住宅地図ではその場所は空白になっている、それ以降の創業?それとも掲載漏れか?親戚の家にあった'82住宅地図には草津の湯が載っていた

「旭湯」(朝日湯か?)
中央1-17-16付近

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松井天山 大田原町真景図大正13年 部分

現在の「乃ん喜」の出口近くの、羽石呉服店の並びに「旭湯」という銭湯があったという。廃業年は不明。'71住宅地図には未記載。'82住宅地図も未記載。'60年代以前に営業していた?大正13年の松井天山による大田原町真景図にはその様子が描かれている。

「薬師の湯」
中央2-13-1付近

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松井天山 大田原町真景図大正13年 部分

薬師堂の脇に「薬師の湯」という銭湯があったという。汲み上げの沸かし湯であったが鉄分が強く、お湯の色が黒っぽく、手ぬぐいをお湯に漬けられなかったという。昭和40年前後に廃業。現在は岩井屋の駐車場になっている。


そして金灯籠交差点の寺町側、メンズショップノダの裏に「松の湯」があった。大田原で最後に残った銭湯だ。'90年代後半に廃業。'71住宅地図には松の湯の隣に「野口湯」とあるが、これはゼンリンのミス。

「松の湯」
山の手1-2-2

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「千鳥の湯」
城山1-1

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大田原町真景図で発見。金灯籠の伏見屋脇に「千鳥之湯」の屋号がみられる。詳細は全く不明。


街中の銭湯が無くなってしまって久しいが、レトロな銭湯が一軒でも残っていたら、地域の名スポットとして誇れることが出来たのに、などと身勝手なことを思ってしまう。家庭風呂が普及し、原油価格の高騰による経営難や後継者不足で街中の銭湯が廃業していく中、郊外にはいわゆるスーパー銭湯(というかご近所温泉)が続々オープンし、数年前には日帰り湯ブームさえ起きた。銭湯文化は場所を変え形を変えて生き続けている。
ふと気になって、学生時代にお世話になった府中の銭湯をググってみた。まだしっかり営業していてちょっと安心。あの頃280円だった入浴料金は今は400円なのね。

 

銭湯遺産

銭湯遺産

 
最後の銭湯絵師

最後の銭湯絵師

 

 

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