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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

歓楽街の記憶

集落と街並

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かつて、大田原の盛り場の中心といえば上町のこの路地であった。高度成長期以降、このわずか80m余りの路地だけでは手狭となり、中央1丁目、いわゆる「親不孝通り」が新たな繁華街として発展していく。

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この路地の名称だが、ずっと「上町通り」と呼んでいたが、R461沿いの金灯籠から寺町辻までを「上町通り」と一般的に呼んでおり、違う呼び名があるのかもしれない。ネオンの中央には「UFO」とあるが、これは当時の名称なんだろうか?時代を感じさせる。

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’71住宅地図を見ると、入口付近に「松の湯」銭湯があるが、大正期の鳥瞰図をみると、伏見屋の隣あたりに「千鳥之湯」とある。松の湯の前身かはたまた別の銭湯か。その先は地下にあった伝説のキャバレー「クラブローザ」、そして昭和35年創業の「俵寿司」があった。こちらは近年中田原に移転している。ネオンの「やき鳥ジャンボミニ」が気になる。


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今は袋小路のこの路地は、かつては洞泉院の裏を通って寺町通りまで抜けていたようで、クラブのお姐さんは寺町の美容院で髪をセットしてから出社していたのだそうだ。
         

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