がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

鷹巣と鹿畑の道標

先日、大田原図書館の書庫で、故大田原晴雄氏の大田原の道標の調査票を発見。「那須文化研究」に掲載された論文の元になったものだ。紙上ではしょられていた部分、特に手書きの所在地図は非常にためになった。俺の調査ページで、見つからずmissing扱いになっているものを探し出す手がかりとなるだろう。また、石上周辺のひやり道、カノッカイドウ、いさの道、石上道の関係を理解する手助けとなった。早速、関連する説明文を書き直さねば。

そんなわけで、2箇所ほど再探索に出た。ひとつは鷹ノ巣と云われるエリア。かつて鷹ノ巣村があった実取と親園、一区一本木に挟まれた部分。ニコン裏の阿婆原地蔵から湯泉神社の杜を抜けて、平沢に向かう奥州荷物街道跡の散策と、鷹ノ巣の道標1。道標の辺りが窪地になっていて、車で通りかかっても塔碑が見つけづらかったのだ。興奮のあまり、側面の刻字を撮影するのを忘れた。

続けてライスライン沿いの鹿畑にある道標。ここは横のライスラインを通るたび、集落部分の旧道がきれいに残っていて興味を覚えていた場所だ。道端のおばちゃんに声をかけたら一緒に探してくれて非常にうれしかった。道標は生垣の中に引っ込めてあったので今まで気付かなかったのだが、先人が丁寧に刻字にチョークを入れてくれていた。地名がなんと入っているか知っていたので、すぐに気付いたのだが、というか二方面に佐久山て。もしかしたら、此処のおうちの方が入れたかも知れないので指摘することができず、霧吹きしか車から下ろしてなかったので洗い流すこともできず、そのまま撮影してしまった。某先生だったら、ちゃんと掘り返して洗浄して、明るい場所に移動しちゃって撮影するのでしょうか。僕にはできません。

そのあと、佐久山岩井橋手前にあるという謎の道標を見つけられず、作久山大沢の2つの道標も空振り。

昼になったので「たかつき」でゴハン。もり天ダブル、900円。食べ過ぎたー。



そんな時に限って、うちの晩ご飯がおそば。

夕方、佐藤精肉さんにライスコロッケを買いに行ったら仕込んでない日だった。お嬢にあいさつしたら泣かれた。知らない男の人は怖いらしい。外で待つ。

うん、結局そばつゆは慣れ親しんだ市販品が一番うまい!その程度の舌です。佐藤さんの鳥シソ巻き?超うまい!ハマッた!

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