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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

大田原新地 稲荷神社の手水石

所在がわかってしばらく放置していた大田原新地の稲荷神社の手水石を観てきた。遊廓の敷地内には必ずと言っていいほど稲荷神社が存在した。楼主や娼妓たちが商売繁盛、家内安全を祈って建立した稲荷神社。廃業後楼の建物と一緒に神社の社も取り壊され、石造…

昔の金灯籠付近のはなし

与一まつり始まる前、金燈籠付近散策してきたんだが、正法寺境内のお稲荷さん気になって手洗石の寄贈者名とか確認してたら境内であった方から貴重な情報が。正法寺門前にあった元下駄屋(M履物店)の建物を解体する際に建物の作りを見せてもらったら、入り口入…

下町薬師堂の手洗い石

前回の「大正十一年の防火週間」で大田原花街の芸妓さん達の活動を伝えたが、その頃の名残を残すものが、ここ下町薬師堂にあるので紹介しておく。 入口近くの手洗い石であるが、芸妓さん達が寄贈したもののようで、 一 金四円ノ部 三枡家 三吉 松芳 〆松 枡…

大正十一年の防火週間

大田原にあった「時の鐘」の塔がデザインされたポスター大正11年、栃木県各管内の消防署が「防火週間」を通じて一般市民に防火意識をPRする活動を行った。「吾が防火週間」はその活動報告書で、趣向を凝らした当時のPR活動の様子を知ることが出来る。今…

長野遊廓(鶴賀新地)@長野市

友人の結婚式で 長野市に行く。長野市といえば善光寺。善光寺参りの精進落としで栄えた門前町、権堂と鶴賀新地の名残りを観てきた。善光寺は寄らなかったけど。 大門跡付近北国街道、善光寺の表参道沿いに位置する権堂村は、江戸中期より水茶屋や揚屋などが…

鬼追い 竹内智恵子

前から読みたいと思っていた竹内智恵子さんの「鬼追い 続昭和遊女考」を地元図書館から借りてきた。竹内智恵子さんは会津在住の民話探訪家。農山村の古老を訪ね、昔話や伝説、囲炉裏語りを聞き書きするうちに、一生日に当たらずに逝った女性たちの人生や歴史…

塩原温泉芸妓組合跡@塩原塩釜

塩釜温泉高尾塚碑の裏手の高台に、かつて「塩原温泉芸妓(げいぎ)組合」があった。現在は更地になっているが、'90年代の住宅地図には載っているので、建物は最近まであったのかもしれない。今でもこの場所のことを「ケンバン(検番)」と呼んでいる。芸妓組…

割烹三浦屋@鶴岡市旧七日町

鶴岡七日町は街道筋で、飯盛女を抱える旅籠屋が軒を連ねる宿場町であった。その後七日町、八間町は貸座敷業が多く集まる歓楽街となる。昭和5年に鶴岡の遊廓は双葉町に移転することになるが、当時の面影を伝える建物が現在も残っている。 割烹三浦屋は三階建…

「全國花街めぐり」松川二郎

震災後の整頓で、某図書館にあった松川二郎の「全國花街めぐり」(S4)が閉架扱いになったようだ。「参考」「禁帯出」シール付で、そもそも検索にかからない本だったのだが。肝心の関東エリアが誰かに破られてたし。分類コード368。こちらは復刻版。 性の空間…

亀廓@宇都宮

行こうか池上 かへろか馬場 ここが思案の都橋 江戸期から明治前期にかけて、宇都宮宿の繁華街であった池上町、伝馬町、材木町に遊廓、いわゆる女郎屋や置屋が点在していた。他にも江野町、県庁前通り付近は「紅縁街」と呼ばれ芸妓屋が多く、尾上町(現本町)…

遊里跡を想う

今市の「日光珈琲・饗茶庵」の建物を観に行ったきっかけで、栃木県北にあった遊郭・赤線跡が今どうなっているかに興味を持った。今でも妓楼やカフェー風建築物が残っていたりするのだろうか?世間には同じような興味の人がいるもので、赤線跡の写真集や研究…

ダンニャワード@大田原本町

休み。図書館で調べ物をしているうちに昼飯時に。久々にインド料理店ダンニャワードでランチ。老舗カレー店「ン NG」の向かいっていう立地がいい。店頭の椅子は、あくまで店員が客待ちでぷらぷらするためのもの。 ダンニャワードてのはヒンディ語?でありが…

高尾塚@下塩原塩釜

塩釜温泉のホテル明賀屋駐車場に「高尾塚」の碑がある。文化13年(1816)11月に建立されたこの碑は、正面に「高尾塚」、他の3面には江戸の儒学者「山本北山」による撰文が刻まれている。この碑は、塩原出身の二代目高尾太夫の没後150年に、その身を哀れんだ…

「烏山旭遊廓」/大森茂宏

先日烏山に行ったのは、烏山の街中散策とジャンボ食堂訪問、そして、山あげ会館でこの本を買うことが目的だったのだが、あいにく祝日の振替で山あげ会館はお休みだった。昼飯に立ち寄った焼きそば屋で、お店のおばちゃんが、この本の作者大森さんのご自宅の…