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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

水戸天狗党

両郷と寒井で7基

西海先生の石仏調査書を五峰の湯で熟読。両郷と寒井・桧木沢をまわる。 木佐美前郷の道標74×26×26cm 明和3年(1766) 36.907125,140.173476[右]明和三戌年 十月吉日[正面]右ハ すさき左ハ 川かミ 木佐美前郷の西国四国坂東秩父供養塔76×27×24cm 文化15年(18…

大宮宿と上平河岸

塩谷町の旧大宮宿。 ここは、玉生から大宮、上平渡を経て宇都宮に向かう田原街道と、かつて氏家阿久津河岸に荷物を運んだ会津西街道大宮通りの分岐点。この場所にも「立場」の屋号の店がある。「塩谷町史」によると、大宮には明治期に建場があり、荷馬車一台…

南方鰻坂

テンネンブツを確認後、自分なりに木佐美側に抜けてみてから、いろいろと情報を頂いたMさんに挨拶に行ったところ、Mさんが南方鰻坂を案内してくれることになった。今までの記事はあくまで俺の憶測も含めたものであったので、正式なルートとして上げておくこ…

鰻峠の探索

平治元年、武田耕雲斎率いる水戸天狗党の一千余名の一行は大子を出発し、左貫口、関ノ田和峠を越え、水戸藩領須賀川村から明神峠、雲巌寺村、大多羅村を通り八溝山の西麓を北上する。一行は川上村の川上と露久保で宿泊。翌日明け方早く、西の山越えの道、南…

天狗党の碑@簗場

黒川沿いの中の川集落の川下、菖蒲沢と黒川集落の間の東岸に簗場と呼ぶ平地がある。その山岸に天狗党浮浪徒十四人の墓が南西を向いて立っている。現在は田圃となっているが、元治の頃は萱や葦の生える秣場だった。 元治元年甲子年十月十九日浮浪徒十四人墓明…

今市小林の武平まんじゅう

ひさびさに「武平まんじゅう」をいただいた。今市市小林にある武平まんじゅうの「和田菓子店」は百年以上の歴史があるんだそうだ。またまたぁ、と信じていなかった俺だが、先日読んだ光武敏郎の「天狗党が往く」によると、武田耕雲斎率いる天狗党一千余名に…