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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

やいたの歴史街道展

矢板市立郷土資料館の企画展「やいたの歴史街道展」を観に行く。H13から市教育委員会が調査していた矢板市内の古道調査の報告を兼ねた展示会である。 もちろん報告書「矢板市の古道」は即ゲット。内容が素晴らしい。地形図におとしたルート図も掲載されてお…

「奥州記行」で辿る日光北街道

「奥州記行」という紀行文がある。江戸の住人、富田伊之(これゆき)が安永6年(1769)、みちのくの歌枕の名蹟を訪ねた旅の記録である。富田伊之の詳細は不明だが、おそらくは裕福な町人の隠居であろうか、風雅を好む知識人であろう。当時、俳句、川柳、狂歌…

倉掛峠の探索

日光北街道の玉生と倉掛の間に倉掛峠がある。現在R461となっている道の基は明治21年に開通したもので、倉掛三険と呼ばれた戸方坂、日光坂、外出坂を避けるように作られてる。日光坂と外出坂の間のピークが倉掛峠だ。 峠にある倉掛新路記の碑によると、この一…

梅ヶ久保不動尊@針生

仕事の帰り、梅ヶ久保不動尊のイチョウの黄色が鮮やかでハッとさせられた。後日製材所に車を止めて、不動尊とイチョウを撮影に訪れた。場所は旧日光北街道沿い、矢板宿から長峰公園の丘陵を越え、製材所裏から出てきたところ、R4土屋バイパス(そう、今では…

日光北街道 船生~矢板をいく2

4/5の続き。芦場新田の軍茶利真言道標を観てから、ふたたびR461に戻る。左手に石材店があり、その裏手の今の道路より高い位置に細い道がある。これが旧道なのだろうか。 その脇の藪の中に青面金剛タイプの庚申塔(元文5年)が祀られていた。 「クリントン」の…

日光北街道 船生~矢板をいく1

前回の終着点、船生出張所前から出発。まずは前回気になったこの物件の前で記念撮影。 出張所の隣にあるお宅の四足門。戊辰戦争の際、多聞に漏れず船生村の集落も焼討ちされたのだが、なぜかこの門だけ戦火を免れたのだそうだ。梁に大きな家紋が付けられてい…

日光北街道 今市~船生をいく3

3/14・4/2の続き館坂を下ってくると右手の林の中に道型らしきものが。今の館坂は切り通しになって最短コースを緩やかに下るものだ。もしかしたら林の中にかつての旧道があるのかもしれない。坂の途中に防犯ブザーがあった。押してみたい衝動を抑え先へ急ぐ。…

会津西街道の相之道通り

今市の相之道通りにやってきた。かつては今市銀座と呼ばれ賑わっていたこの通りは、かつての旧街道、会津西街道と日光北街道の起点となる場所だ。「アヅマヤ」の角から入る路地。現在でも日光北街道のルートを行く大渡が終着点のバス路線がある。起点は日光…