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がりつうしん

那須野ヶ原を中心とした話題と与太話、ほぼ余談。

下野街道大内宿の白湯山碑

天空の古道トレッキングの翌朝に大内宿に寄る。宿の端の塔碑群の白湯山碑を撮影に来た。あいにくの小雨模様。下野街道大内宿の白湯山碑天保15年(1844) 81×54×32㎝ 37.335095, 139.862285[表面]白湯山[裏面] 清左エ門 喜左エ門 槽治良 村中天保十五甲辰年 …

日光市歴史民俗資料館企画展「会津西街道の旧道をたどる」

旧今市市内にある日光市歴史民俗資料館の企画展「会津西街道の旧道をたどる」を見てきた。今市図書館に隣接する施設だ。古地図や絵巻の展示もあるのだが、今回の企画展は「たどる」の名のとおり地形図に旧道のルートを引き、街道筋の史跡や見どころをポイン…

一里塚の基点の件

五街道の一里塚は、江戸日本橋を基点にしている。慶長9年2月、江戸幕府による「将軍家被仰出 諸海道ニ一里塚つき可申」旨の指令により道中奉行を通じて諸国の大名に伝達され築かれた。では、五街道以外の脇街道はどうだったのか。会津と阿久津河岸を結ぶ街道…

尾頭峠上三依側の探索の2

明治尾頭新道探索後に文献を探しに行ったら「尾頭トンネル工事誌」という本があった。尾頭峠をどうぶん抜くか、いくつかのルート案まで紹介されていてとても興味深い本なのだが、その中の「尾頭トンネル工区平面図」という地図に、尾頭峠の旧道、明治尾頭新…

尾頭峠上三依側の探索の1

この記事をUPした頃は、江戸期尾頭道ルートと明治の尾頭新道ルートの関係を理解しておらず、本文は修正しましたが、コメント欄はそのままにしてありますのでご了承ください。[2009.12.01修正] 尾頭峠に向かう前に小滝の明治尾頭新道入口をちょっと下見。小滝…

会津西街道 高原越えの探索2

会津西街道高原越えの後編。高原新田から藤原宿方面へ下るの巻。 旧宿場跡の元屋敷から宿西端の墓地跡を過ぎ、開拓地の端の柵から外に出る。柵沿いに数10m行くと「磁石石」がある。 高原新田住民が200年にわたり住み慣れたこの地を離れねばならない悔しさを…

湖畔亭ほそい@五十里堀割

鬼怒川・川治附近。紅葉はまだまだ見ごろ。道脇にちょっとだけ雪が残っている。 五十里ダムを過ぎトンネルを抜けると、山肌が白くなってきた。海尻橋を渡り東岸の旧R121へ入る。六左の墓を見てから上の屋敷へ。雪が残る高原越えの取り付きを上がり、庚申塔の…

紅葉ウォーク 尾頭峠の1

塩原温泉ビジターセンター主催の「紅葉ウォーク1 尾頭峠」に参加してきた。尾頭トンネル上三依側入口~東京電力鉄塔22号~尾頭峠の分岐~高原道~大塩沢峠~大塩沢林道(元湯林道)~元湯近くの林道分岐、というもの。行程9.6kmのコースだ。 ビジターセン…

山王茶屋

福島県と栃木県境近くの山王峠の麓にあった「山王茶屋」は、平成2年に解体され、16年に奥会津博物館(旧 奥会津地方歴史民俗資料館)の敷地内に復元された。山王茶屋は会津西街道沿いに現存する唯一の本陣形式の建物だ。 山王茶屋は江戸初期の元和3年(161…

会津西街道 (下野街道)山王峠の探索

なためさんの会津西街道踏破の旅、山王峠越えに同行させてもらった。詳細はなためさんのブログ記事「会津西街道8」を参照のこと。 「長い出路をのぼると、高さ二五〇〇フィートの峠の頂上に出た。そこは三〇フィートも幅のない突き出た山の端で、山々や峡谷…

五十里宿

江戸期、現在の県境である山王峠からこっち、横川、中三依、五十里は下野国ではあるが、「南山御蔵入領」と呼ばれる陸奥会津藩の領地だった。「御蔵入」とは、この土地の年貢は幕府の領地なので、江戸浅草の幕府蔵に入れられる、という意味であろう。南山領…

会津西街道 高原越えの探索1

今回、なためさん、まるみやさんについて高原越えのルートを辿る機会に恵まれた。なためさんのレポートは「磨り減った山靴 会津西街道5」を参照のこと。今回は「片足沢橋」脇のスペースに一台、そして日塩道路の藤原出口のR121合流点の駐車場に一台車を置…

高原新田宿

日塩もみじラインの旧メイプルヒルスキーリゾート入口附近から北西に入っていく鶏頂開拓地区南端に、かつて会津西街道の高原新田宿があった。 高原新田村の起こりは承応から寛文にかけて(1652-72)6戸がこの地に移住したそうだが、湯元塩原村(現在の元湯…

下野街道ウォーキング:楢原宿~大内宿

9月2日、なためさんと共に下野街道ウォーキングに参加してきた。下郷町あるもの探し実行委員会という処が主催。楢原宿から大内宿までの12.5kmを巡るツアーだ。下野街道(会津西街道)はいつかは辿らねばならないルートであるし、9/16に行われる会津中街道(…

下野街道ウォーキング:楢原宿~大内宿 の2

楢原集落の北端、R121から旧道に入る。楢原宿内からずっと、道の両側に八幡神社、雷神社の幟が立っていた。やがて街道は山道にさしかかる。 八幡神社の階段下に関所が。右に上がっていくと雷神社がある。野武士?というか山賊っぽいイデタチのオッサンが格好…

下野街道ウォーキング:楢原宿~大内宿の3

小池・板倉集落を抜けて戸石川を渡り、倉谷・水抜宿へ。 倉谷と水抜はほとんど一つの集落のようだが、小さな小川が境界線になっている。かつてはこの地域の商業の中心地で、寛永~貞享年間には六斎市が立ち、主に米を売買したという。現在は山あいにひっそり…

会津領内絵図を見に行く

なためさん・白石さん・まるみやさん・佐藤さんと「会津領内絵図」を見に、福島県立博物館に行ってきた。「会津領内絵図」は正保年間(1644-1648)に会津藩が幕府に献上した南北5.5m、東西4.3mの会津領内の地図。今回のイベントで床に広げられていたのは、そ…